1. なぜ前段の戦略整備が必要か
AI導入に取り組む企業は年々増えていますが、実際に成果につながっているのはごく一部にとどまるというデータが繰り返し示されています。 その原因の多くは、AIそのものの性能ではなく、導入の「進め方」にあります。まず、つまずきやすい3つの構図を整理します。
誰にやらせるかを誤る
AIは指示を出す人の"分身"しか作れません。業務理解が浅いジュニアの社員に丸投げすると、精度の低い分身しかできず、成果につながりません。本来は業務解像度の高い幹部・リーダー層が主導すべき取り組みです。
いきなり売上最大化を狙う
売上は変数が多く、外部環境の変化ひとつでプロジェクトが頓挫しやすい領域です。最初から売上拡大を狙うと失敗の確率が上がり、現場に「AIは使えない」という不信感だけが残ってしまいます。
評価制度のないままAI化を進める
効率化を評価する仕組みがないままAI化を進めると、頑張るほど損をする状態になり、現場の不信や不満が蓄積します。最も影響を受けやすいのは、AIを最もうまく使いこなせるはずのエース社員です。
同じ予算をかけても、使い方次第で結果は大きく変わります。ある企業では、AI活用のための予算をそれぞれ確保した2つの会社を比較したところ、 次のような対照的な結果になりました(数値はあくまで一例です)。
使い方講座に投資
ChatGPTなどの基本操作を教える研修に予算を充てた。ツールの使い方は身についたが、自社業務への落とし込み方が分からないまま終わり、半年後も現場での活用はほとんど進んでいなかった。
成果:特になし
業務の伴走支援に投資
同水準の予算を、業務の棚卸しからAI化の実装・定着まで伴走する支援に充てた。自社業務に沿った形でAI活用が定着し、半年後には利益が拡大する結果につながった。
成果:利益 約1.5倍(一例・試算)
結論
AI導入の成否を分けるのは、ツールの性能や研修の面白さではなく、「誰が主導するか」「何から着手するか」「評価制度が整っているか」という土台の設計です。 この土台を後回しにしたままツールを入れると、後から作り直すコストの方が大きくなります。だからこそ、キックオフ直後の1〜2ヶ月を戦略整備に充てていただきます。
2. 戦略コンサルフェーズで整える4つの領域
戦略整備フェーズでは、次の4つの領域を並行して整えていきます。それぞれ「なぜ必要か」「何を行うか」「フェーズ終了時に残る成果物」をご説明します。
事業戦略 — どの業務からAI化するか
なぜ必要か
AI導入で成果を出している企業は、いきなり全社の売上最大化を狙うのではなく、業務効率化という小さな成果の積み重ねから着手しています。 また、AIは「0→1」(前例のない発想・意思決定)を苦手とする一方、「1→100」(決まったやり方の反復・量産)を得意とします。 この役割分担を誤ると、AIに任せるべきでない判断まで任せてしまい、逆に業務が混乱します。
何をするか
- 各業務の工数・頻度・属人化度を棚卸しし、AI化候補を洗い出します
- 売上インパクトではなく、削減効果・実現可能性を軸にした優先順位づけを行います
- 「0→1は人間が担い、うまくいった型をAIで1→100に広げる」という役割分担を、経営陣・現場リーダーとすり合わせます
- 主導する人材(幹部・リーダー層を想定)を明確にします
評価制度 — 頑張った人が報われる仕組み
なぜ必要か
評価制度を整えないままAI化を進めると、現場に不満が蓄積し、最も活用が進んだ社員から離職していく傾向があります。背景には主に3つの原因があります。
- 存在価値の喪失:自分の担っていた作業がAIに置き換わり、「自分でなくてもよいのでは」という感覚が生まれる
- 評価基準の混乱:これまで評価されていた作業がAIで簡単にできるようになり、何を基準に評価されているのか分からなくなる
- 頑張り損:AIを積極的に使う人と使わない人の評価が変わらず、「使うだけ損」という空気が生まれる
何をするか
AI時代に対応した3つの評価軸を軸に、貴事務所の実情に合わせた評価制度の論点を整理します。
- 効率化の定量評価:削減時間・削減費用など、AIによる効率化を数値で評価する軸
- 人にしかできない判断・提案の評価:AIの出力をもとに新しい打ち手を考え、実行に移した貢献を評価する軸
- ナレッジ共有の評価:自分が得たノウハウを組織に共有し、属人化を解消した貢献を評価する軸
まず着手いただきたい3つのステップは次のとおりです。
- 全職員に「AI活用に対する不安」を匿名アンケートで聞く
- AIを活用して成果を出した人を称える場を設ける
- 評価制度の見直しを、経営会議の正式なアジェンダに載せる
ガバナンス要件 — 安全に使うためのルール
なぜ必要か
無料のAIツールの多くは、入力した情報を提供元が利用してよいという規約になっています。顧問先の情報や個人情報を日常的に扱う士業事務所にとって、 この点への理解なしにAI活用を広げることは大きなリスクです。守秘義務・顧問先情報の保護は、他業種以上に丁寧な設計が求められます。
何をするか
- 法人プラン・学習オフ設定など、情報が外部の学習に使われない状態を確認・徹底します
- 「入力してよい情報」「入力してはいけない情報」を具体的に分類し、入力禁止情報リストを整備します
- 最初は人間がすべての出力を確認する「Human in the loop」から始め、信頼性が確認できた業務から「AIが一次チェックし、問題があるものだけ人間に上げる」段階へ移行する設計を行います
- 振込や定型入力のように、毎回同じ動きをする業務はAIの都度判断に任せず、RPAやプログラムに任せる線引きを行います
- 「ここから先は使わない」というガードレールを、業務ごとに具体的に定めます
使わないことこそ最大のリスク
情報漏洩への懸念からAI活用に踏み出せない事務所は少なくありません。しかし、正しいルールのもとで活用を進める事務所と、リスクを恐れて何もしない事務所とでは、 生産性の差が時間とともに広がっていきます。守るべきものを守りながら、着実に活用を広げることが、最も現実的なリスク対策です。
データ基盤 — ナレッジをAIが参照できる形にする
なぜ必要か
過去の対応事例や判断の基準が、担当者個人のPCやメール、記憶の中に散らばっている状態では、AIはその情報を参照できず、本来の力を発揮できません。 ナレッジが一元化されていない状態でAIツールだけを導入しても、期待した回答精度は得られません。
何をするか
- 議事録、問い合わせ対応履歴、業務手順など、現在どこにどのような形でナレッジが存在しているかを棚卸しします
- Notionなど、AIが参照しやすい形式でのナレッジ一元化の方針を設計します
- 単なる記録の蓄積ではなく、後から検索・参照しやすい整理の仕方(要約の仕方、分類の仕方)を定めます
- 属人化していた対応ノウハウを整備することで、新人教育や引き継ぎの負担軽減にもつなげます
3. キックオフ後の進め方
戦略整備フェーズを終えたら、いきなり全社展開はせず、小さな業務効率化から着手し、効果を確認しながら段階的に定着・拡大させていきます。 全体の流れと、各段階で貴事務所にお願いしたいこと・当方が担うことを整理します。
戦略整備
事業戦略・評価制度・ガバナンス・データ基盤の4領域を整理する
小さな業務効率化の実装
優先順位の高い1〜2業務から、実際に使える形を構築する
定着・拡大
効果を確認し、対象業務・対象部署を段階的に広げていく
STEP 1:戦略整備
- 職員向け匿名アンケートの実施にご協力ください
- 現状の業務内容についてのヒアリングにご協力ください(各業務の担当者への同席依頼を含みます)
- ナレッジの保管場所(PC・紙・メール等)の共有にご協力ください
- 業務棚卸し・AI化候補の優先順位づけ
- 評価制度の論点整理とたたき台の作成
- ガバナンスルール・入力禁止情報リストの設計
- データ棚卸しとナレッジ整備方針の策定
STEP 2:小さな業務効率化の実装
- 対象業務の実際の担当者による試用とフィードバック
- 入力禁止情報リストなど、整備したルールの社内周知へのご協力
- 優先順位の高い1業務からの構築
- テスト運用と、誤りや使いにくさの修正
- 運用マニュアルの整備
STEP 3:定着・拡大
- 成果を社内で共有する場(発表会・定例MTG等)の設定
- 評価制度の改定方針についての意思決定
- 利用状況・効果の確認と、次に着手する業務の提案
- 対象部署を広げる際のルール・体制の再設計
4. おわりに
「早くツールを触りたい」というお気持ちは当然のことと思います。しかし、土台を整えないままツールだけを導入すると、 現場に定着しなかったり、評価制度とのずれから不満が生まれたりと、後から手戻りのコストが発生しやすくなります。 急がば回れの発想で、最初の1〜2ヶ月を戦略整備に充てることが、結果として最も着実にAI活用を定着させる道だと考えています。
この整備フェーズを終えた後は、整理された優先順位と土台の上に、具体的な業務効率化を積み上げていきます。 キックオフ後も、ご不明な点やご不安な点があれば、いつでもお気軽にお声がけください。引き続き、よろしくお願いいたします。
船津拓海